2016年5月17日

白石(秋田市) 持続可能性覚書1-3.11に出会って

最初にある高齢の日本近代史家・思想家の3.11に関する発言を紹介する。

 

私は大震災に対するメディアおよび人びとの反応ぶりが大変意外だった。なぜこんなに大騒ぎするのか理解しかねた。

(中略)

この地球上に人間が生きてきた、そしていまも生きているというのはどういうことなのか、この際思い出しておこう。火山は爆発するし、地震は起こるし、台風は襲来するし、疫病ははやる。そもそも人間は地獄の窯の蓋の上で、ずっと踊ってきたのだ。人類史は即災害史であって、無常は自分の隣人だと、ついこのあいだまで人びとは承知していた。だからこそ、生は生きるに値し、輝かしかった。人類史上、どれだけの人数が非業の死を遂げねばならなかったことか。今回の災害ごときで動顚して、ご先祖に顔向けできると思うか。人類の記憶を失って、人工的世界の現在にのみ安住してきたからこそ、この世の終わりのように騒ぎ立てねばならぬのだ。

(渡辺京二『未踏の野を過ぎて』弦書房)

 

 上の文章は、3.11について書かれたものとしてはいささか異例である。もちろん著者の渡辺はそのことを百も承知で書いている。異例とはいえ、しかし私には非常に教訓的・刺激的であった。なぜなら、これによって周章狼狽していた自分の姿をはっきり見ることができたから。

私は干支で6周りにも及ぶ期間の大部分を地質学、それも「人類時代(第四紀)の地質学」の世界で生きてきた。そうであるならば、渡辺の認識は、実は私のものであってもよかったはずなのである。それなのに私は、潜在意識下では「私が目撃する大破壊は阪神淡路大震災が最後であろう」と漠然と想定してしまっており、巨大な破壊と人間的苦難を前に動顚して、「この世の終わりのように騒ぎ立て」はしなかったが、災害後しばらくの間、事態を考える糸口すら見い出せぬまま、茫然自失の体に陥ってしまったのである。震災後、書名に惹かれて最初に買った本が『それでも人生にイエスと言う』(VEフランクル,春秋社)であったことは、振り返ってみると、当時の私の滑稽なほどのうろたえぶりを示している。

私は、阪神淡路大震災が起こった年(1995年)、身近にいる学生たちに次のようなことを書いたことがある。「・・・地震のような非常事態になにができるかは、平穏な毎日においてどんな努力を持続させていたかにかかっています。土壇場においても人は自分が毎日繰り返してきたようにしか振る舞えるものではないのです。・・・」。私は「言うは易く行うは難し」ということの絵にかいたような実例を演じてしまったことになる。そして、その結果として育ててしまった惰弱な精神を3.11の震災はしたたかに打ちのめしたといえる。やはり「災害は弱いところを狙ったように突いてくる」ものなのである。ずっと苦い自覚の積み重ねでここまできたが、今回もまた同じことの繰り返しであった。私の残り時間はもうあまりないのだが、これからもこんな体たらくのまま最後まで行くことになってしまうのだろうか。

 私が多少とも正気を回復し、事態を考える入口にたどりついたのは、若いころ心にとめたジャン・タルジューの無題の短い詩を思い出し、彼の問いかけに自分なりの回答を用意しようとし始めてからである。

 

  死んだ人々は、還ってこない以上、

  生き残った人々は、何が判ればいい?

 

  死んだ人々には、(なげ)(すべ)もない以上、

  生き残った人々は、誰のこと、何を、(なげ)いたらいい?

 

  死んだ人々は、もはや黙ってはいられぬ以上、

  生き残った人々は沈黙を守るべきなのか?

(日本戦没学生記念会編『新版きけわだつみのこえ』岩波文庫)

 

 ジャン・タルジューの詩は「人類の記憶」とともに生きる上で絶えず想起されるべき不可避の問いかけであろう。普遍的な正解は何か、そもそもそのようなものがあり得るのか、今の私にはわからない。ただ、震災後新たな出発を始めようとしている時期に居合わせた以上、応答を迫られていると自覚し、「男鹿半島・大潟ジオパーク登録記念フォーラム」(2012.3.11;震災一周年の記念日!)の講演で、上記の詩を紹介しながら、3つの問いかけに関する私の考えを述べた。何が判ればいい?それは現代社会の奇怪な価値観ではないか。誰のこと、何を、慨いたらいい?それは私たちおとなの無為ではないか。沈黙を守るべきなのか?そうではなく、持続可能性の追求・実現に今度こそ本気で乗り出すべきではないか。逆向きにまとめれば、私は、3.11の大災害に出会って自己認識がリセットされ、ジャン・タルジューに導かれて、「持続可能性の問題が指摘されて久しいのに、具体的には何もなされず、危機は深まるばかりであり、それはそうさせてしまう奇怪なシステム・価値観の支配下にあるからではないか」と改めて自分に言い聞かせたのである。

 「奇怪なシステム・価値観」ついては今後折々触れることになるはずであるのでここでは割愛する。ただ、上のフォーラムでは引き続いて持続可能性の在り処に言及し、それは「生命の世界」ではないかと述べた。生命の世界では相互依存関係の中で不断に更新(リニューアル)が進行しており、そのことによって46億年といわれる地球の歴史の中で少なくとも38億年の長きにわたってその世界を維持してきたのである。人間はこの持続されてきた生命の世界の最新局面で、狩猟採集時代の昔から、人間以外の生命の世界に依存してその存続を維持している。産業の言葉を使えば、人間社会は根底的には農・林・水産業によって支えられているのである。言い換えれば、人間社会はその時々におけるこれらの産業の能力を超えては存続しえないのである。

我々はいま、空前の「豊かさ」を謳歌している。しかしこの「豊かさ」は人間社会の根底的存立構造の忘却の上に成り立っており、崩壊の不安を背中合わせに伴っている。たとえば、あの「バブル」の絶頂期は「文明の物質的諸分野における『高度の進化』とその精神的諸側面における『原基への退化』とが、いよいよ『現代』を特徴づける。」(大西巨人「『羊をめぐる冒険』読後」)と診断されていたのである。私自身も定年退職時の挨拶の中に下のようなことを書きつけた。

 

・・・私たちは64年前に敗戦という破局を経験しましたが、現在の危機はより深刻であるかもしれません。当時はまだ“国破れて山河在り”と強がることも、希望を託すことも可能でした。しかし、現在は野放図な自然破壊が進行し“国破れて山河荒れ”の惨状を呈するに至っています。また、私たちの親の世代は過酷な条件の中で懸命に働き、私たちを育てることで希望を未来につなぐという歴史的使命を果たしました。現在はどうでしょう。大量生産・大量消費社会に溺れ、私たちは“モノ”への愛着、“モノ”との一体感を失いました。また、私たちは消費者と位置付けられ、“消費すること”が“幸せの追求”と同義であるかのような雰囲気の中に安住してしまっています。ここには苦闘の上に新たな価値を生み出し、それを次世代に手渡すという歴史的文化的存在としての人間の姿は希薄です。

(マイン・ネット,20093月)

 

 

これらは長い人類の歴史のなかで、最近の、「近代」特有の問題であるように見える。それゆえいつか、私の能力の許す範囲で「不吉な近代」とでもして考えを述べる機会があるかもしれない。ただそこに進む前に、持続可能性の中核にあると考えている「生命の世界」について少しふれておくことにする。

 

 

あべ十全さん       タレント 由利本荘市


2016年3月30日

 

あきた立憲ネットのホームページへ

メッセージを寄せていただきました。

  

あべ十全さん公式ホームページ

http://abe10zen.yokochou.com/profile.html

 今回の事例が前例となり法の解釈次第で守られるべきものが無くな り、社会秩序が壊る事を危惧します。

 世界平和、近隣諸国との良好な関係を維持することで日本の出来る最良の貢献がこの法案とは思えません。

 何れにせよ武力に対し武力を選ぶというあまりにも短絡的な行動は現に慎むべきでしょう。

 

種を蒔かないと平和の花は咲きませんね。

 

むのたけじさん     元新聞記者・ジャーナリスト


2016年2月28日

 

  あきた立憲ネット結成総会で

  ビデオメッセージをいただき

  ました。

     

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